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子連れで介護福祉士を目指す

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子連れで介護福祉士を目指す

現在、2歳の息子がいます。主人が仕事に反対派なので、息子が1歳半の時に、当時就いていた訪問介護を退職しました。元々福祉業界に興味があり、福祉施設にも就いていましたが、「国家資格」を持っていない。なので、福祉業界に有利になるように、介護福祉士の取得に向け、勉強をしました。実技免除を受けたので、筆記だけでしたが、自己採点したら無事合格ラインです。まだ、結果は着てません。ただ、息子がいなければ、スキルアップも考えなかったと思います。
By ちい 30代 女性 2014年4月から2015年1月

結婚しての転職、知らない土地で探す苦労

熊本から兵庫へと嫁ぐにあたって、仕事は辞め、新たな場所で転職しました。まず、ハローワークへ行っても土地勘が全くない場所だったので、住所を見てもどこの場所なのかが分からず、地図とにらめっこしながら探した記憶があります。主人が通勤で車を使うため、自転車か徒歩で行ける場所しか無理だったので、正社員の募集でと思ったらなかなかなく、何度も足を運びました。でも、そのおかげで家の近くでの職場の募集があり、働くことが出来て、そこでの友達もでき、その土地ならではの情報を教えてもらったりと、かなり嬉しかったです。周りはほぼ関西弁なのがすごく新鮮でした。
By わんころころ 30代 女性 2008年1月頃

結婚してから

結婚と妊娠がほぼ同時期だったため、それを機に仕事をやめてしまいました。体の状態もあまり良くなかったため、短時間だけでも外に出ることが出来ず、金銭面で厳しい期間が続いてしまい、大変な思いをしました。なにか出来ることはないかと、内職を探した所、しその葉の結束の仕事を見つけて内職をし始めました。大きな金額を得ることは出来ませんが、やるやらないでだいぶ変わってくるので、この仕事を始めて良かったと思います。
By しほ 20代 女性 2013年10月から現在まで。

シングルマザーの母として

2006年の秋、息子が大学3年生の頃、突然、40代で失業をしました。シングルマザーで節約節約で学費を貯めて、あと1年半、なんとしても卒業させなければと思いました。幸い、会社都合退職のため、雇用保険がすぐに受給できたので職業訓練に通う事に決めました。何にしようか悩んで、正社員になれると思い事務職から介護職への転職を選びました。介護の仕事は本当に肉体的にも精神的にもキツイけど、ご利用者様の笑顔を見ると、とってもうれしくなります。慣れない間は大変だったけど、ありがとうって言われるのがうれしくて、今はこの仕事を選んでよかったと思います。
By しあわせなシングルマザー 50代 女性 2006年秋頃

保険外交員の仕事 -母子家庭のころに

当時母子家庭で、小さな子供を抱えていた私は、時間に融通のきく保険外交員の仕事に興味を持ちました。採用されるといきなり30万程度貰えることや、月給も歩合ではないことから、これなら充分やっていけると意気揚々と面接会場へ向かいました。結果は採用。すごく嬉しかったのを覚えています。入社してすぐに営業用に花、雑誌、お菓子等を大量購入させられました。必要な物だから、との指示でした。それらを持って担当エリアの企業を回るのですが、話を聞いてくれる会社は殆どなく、保険屋かよ。という扱いでした。しかし、ノルマとは銘打っていないものの目標という契約件数が設定されており、そこに到達できない私に上司は「初めはみんな家族や自分が契約するのよ」と静かに言いました。若かった私は怖くなり、言われるがままに自分と親兄弟に頼み込み契約件数を稼ぎました。翌月初めての給料が入りましたが、営業用に買ったサービス品代金が天引きされており、手取りは八万ほどしかありませんでした。その後苦しいながらも一年ほど続けましたが、思うように契約も取れず、生活もあった為(生活費が足りず掛け持ちでバイトをしていました)思いきって辞めることにしたのですが、なんと退職願いを出したにも関わらず受理されず、出勤はしていないのに在籍しているという状態がそこから更に一年続きました。在籍していることになっていても出勤はしていないわけですから給料は入りません。違う会社に入社したのですが、何故か収入は外交員としての給料ももらっていることになっており、母子扶養手当を打ち切られてしまいました。無料の法律相談にも行きましたがそこの会社ではそういった事例が年中起きていて、しかし相手が大手な為裁判をしても勝てる見込みはないと言われました。結局何も手を打てず泣き寝入りをしました。以来、そんなにうまい話はないという教訓にし、仕事を選ぶ際はより慎重に、冷静になることを心掛けています。勿論全ての保険会社がそんな悪質だとは思いませんが、美味しい話には気を付けた方がいいと思います。
By みー 40代 女性 1995年頃

ブランクがあると・・・

高校卒業後、受付事務として働きようやく仕事にも慣れた頃妊娠し、わずか1年で仕事を辞める事になりました。それから子育てをしこどもが小学生になると同時にパートを探す事になりました。何度か面接をしていただきましたが、どこも雇ってくれず心が折れかけていましたが、最後に行った所でこんな事を言われました。「最後に仕事してから今まで何してたの?6年以上仕事してないよね」と。ここで初めてブランクげあるから今まで受からなかったんだと。結婚をし子育てをしてましたと話し、仕事がしたいと言う熱意をアピールしようやく雇ってもらえる事となりました。何も考えずに面接を受けてきたけど、ブランクがある場合は履歴書に理由など書くべきだったなと今になって思います。
By るぅちゃん 30代 女性 2011年5月頃

アラフォーの転職

36歳で突然転職しようと思い立ちました。専門卒ではあるけれど、事務歴は13年、経理は8年で簿記の資格は無いにしても知識はそこそこある。この経験を活かせばきっとすぐに仕事は見つかる。そう信じ切って有給を消化して退職。そこから長くつらい求職生活が始まりました。6月で退職し、失業保険をもらう前に決まればいいかなと軽い気持ちで気になる求人に応募するも、見事に書類選考落ち。最低限ほしいと思っていた給与の金額もどんどん下げて、しまいには前の仕事の半分の給与でもいいかなと思い始めました。しかも書類で落ちる理由がわからない。経験が浅いのか、学歴がだめなのか、はたまた年齢が悪いのか。結果半分以上の書類が家に戻され、絶望にも近い気持ちでいたころ見かけた求人に応募。ここは即面接だったので書類で落ちることもなく翌日面接へ。そしてその日のうちに採用の連絡をいただきました。給与の面、仕事内容で少し残念な部分もあるけれど、せっかく雇っていただいた会社なのでがんばって勤めたいと思います。4月に退職を考え6月に退職し、翌年1月から就職。退職を決めたその年は本当につらい一年だなと思っていたけれど、振り返ってみるとお金の大切さを学びましたし、子供と夏休み・冬休みと楽しく過ごせていい一年だったなと思いました。
By ななたま 30代 女性 2014年

介護福祉士への道

私は人のためになる仕事に就きたく、介護の道に進みました。介護福祉士の取得には実務経験3年が必要なのですが、私は介護の仕事は初めてで右も左も分からない状態。オムツ交換、お風呂・食事介助が主な仕事ですが初めは緊張して失敗ばかりでしたが半年後には独り立ちし利用者様とも仲良くなり、昔の話などを聞き仕事以外での色々な事を学べました。また介護の仕事で一番嬉しいのは利用者様から『ありがとう』と必ず言われる事。仕事内容はとてもハードなのでこの『ありがとう』の言葉はとても心の励みになりました。そして、介護の仕事を初めて2年目。介護福祉士を本格的に目指すため、実技試験は日々の介護の仕事で勉強できていたので、筆記試験対策のため参考書を買い勉強を始めました。そして1年間勉強し筆記試験に合格。2週間後の実技試験も無事に合格して介護福祉士の仲間入りをしました。今は介護の仕事を始めて5年…後輩の子に色々教える立場になりまた勉強する日々で充実しています。
まめた(20代女性)
時期:2013年1月頃

社会福祉士を目指して

現在、IT系企業でインストラクターとして勤務しています。社内の体制がかわり上層部の周りにはイエスマンばかり、直属の上司は部下のことよりも自分の出世・・・で会社に嫌気がさし、転職を考えています。ちょうど母親が認知症の軽い状態になってしまい、福祉のお世話になることになりました。その際、自分自身が使える社会資質について何も知らなかったことがきっかけで社会福祉士を目指すようになりました。まずは通信制の大学を卒業し、その後専門学校で1年間社会福祉士になるための勉強をするつもりです。
karunadou(40代女性)
時期:2015年4月

介護業界への転職

誰かの役に立てればという思いから介護業界へ転職しました。ハローワークで募集していたヘルパー2級の講座を受講し資格を取得しました。その実習先で声を掛けていただき今もそこで働いています。大変なことも沢山ありますが、自己啓発は自分も施設の利用者もお互い助かり安全に介助が出来ますので、毎日学習を続けています。昨年3年以上の実務で受験できる介護福祉士の国家資格を受験しなんとか合格し名称に恥じることなく日々勉強の毎日です。
すがわら(30代男性) 時期:2010年4月より転職しました。