ハローワークまっぷ

若者の失業率は他人事じゃない

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若年の失業

若年層の失業率が回復しないというニュースを読んだ。以前の管理人だと、仕事につけない若造が悪いのだと断じて、そこで思考停止だった。
そういうケースもあるかもしれない。本人の仕事や世の中、あるいは人生や生きることについての考え方や、もっている能力やスキルが、求人する企業や会社、事業者とミスマッチしていることも、当然あるだろう。
けれどそれだけとは言えないなぁ・・とは、管理人が自分が失業者になってハローワークで求人情報や失業保険をもらうことになってからだ。もっとも、失業中は、若者の失業だけではなく、他の失業者のことなど顧みる、思慮する余裕などなく、自分の仕事が決まって落ち着いてきた今だから、考えることもできるのだが。

若者の失業率

若者の失業率が悪くても、もう関係ない世代、年代である・・・と思う人もいるかもしれない。若いのは、若さで勝手にがんばれ、こっちは、おじさん、じいさんだ。
若者に限らず、就業人口が少なくなる、少ないと言うのは、けして他人事じゃない。税金を納めてくれる人が少ないのは、社会、国の基本のシカケを危うくする。年代があがれば、年金や社会保障に関心が高くなるだろうが、支える世代、支える就業者が減れば、今以上に維持、運用が困難になるのは自明のことだろう。

ニワトリか卵か

景気が悪いから、就業者が少ないのか、就業者が少ないから国内需要が上がらず景気が悪いのか。ニワトリと卵の問題かもしれない。
政治の与党の対策は、まずは会社を儲けさせれば、働く人が増えて、お金が回る。ひとりひとりの雇用対策、失業対策も、勿論行ってきているけれども、数字を見れば、まだ足りないと言えるだろう。

管理人は自分が失業者の時は、政治や国に対する不満は言わなかった。政治や国が悪くても、俺だけは生き延びると、極めて自己中にあがきまくった。

成語の不備はたくさんある。社会が悪いと言わざるをえないことも、少なくない。それでも、そんな中でも、負けない意力だけは、失業者は持ち続けていかないと。
そして同時に、そんな制度やシカケについて、自分たちも決める義務と責任があることも。国の行く末、未来を選ぶ権利と自由は、国民にあって、権利・自由と義務・責任はセットだから。
選挙の時くらい、熟慮して選ぶ人が増えないと、政治が変わることはないんだろうと思う。