悪ふざけ
豪のFMラジオ局の番組。軽いノリの企画。イギリス王室の入院者がいる病院に電話をして、「王室の者だが」と伝えた。すぐにバレるだろう、怒られておしまい、何をやっているんだこのDJ達はバカだなぁ、という笑いを、視聴者に狙ったという。
ところが、それがスンナリ繋がれてしまった。病状が詳しく話されて、そのまま放送されることになった。結果、数日後、その情報漏洩に関わった直接の担当者が自殺をしたという。
痛ましいニュースだ。何より、そのご冥福を、そして残された家族、ご遺族のために祈りたい。
このニュースを報じるメディアでは、ラジオ局の責を問う声が多い。
悪ふざけを思いついたまでは、管理人も許容できるが、結果として王室のプライバシーに関わる情報を得てしまい、最後にそれを放送しない、控えるという選択肢、決断もできたはずだ。勿論、社会的責任や影響を持つラジオ局の有り方は、しっかり議論し、刑事、民事も含め、責任はとって欲しいと思う。
しかし一方、仕事でミスをすることが、皆無とは言えないのがサラリーマンである従業員だ。顧客に迷惑をかけ会社に大きな損害を与え、「もう死んでしまいたい」そんな失敗をしたことのある人もいるだろう。他人事とは思えない痛みを覚える。
本人の責任と雇用する側の責任
王室や皇室という話をヌキにして、日本の病院で、こんな情報漏洩事故を起こしてしまったらどうなるだろう。
入院している患者さんの病状というナイーブな個人情報を漏洩してしまったとしたら、直接の担当者は、勤務規定、服務規定に準じて処罰をされるだろうが、悪意をもってやっていない以上、懲戒免職までにはならない、しないように思う。そもそも組織、病院、経営サイドが、情報漏洩の防止について十分な教育、訓練をやってきたかどうかが問われ、罰則はあっても、解雇をするのは、難しいと思う。個人情報保護法などでは、一番責任を負うべきは、経営者であり、ついで個人情報保護管理者で、現場の従業者の責任ではない。不注意で事故を起こせば、勿論、勤務規定、服務規定に準じての処罰があっても、そもそも不注意で事故をおこすような人間をそこに配属した人事の責任のほうが重要だ。
勿論、本人が故意であったり、悪意があれば、刑事、民事の両面で別の法律が適用されるのは当然だ。
法律ではないプレッシャー
前段は、法律を中心とした責任論だ。もし日本で本当に、そんな情報漏洩事故が起き、それが世の知るところとなれば、自らの個人情報を重視する人や客層は、顧客から離れていくだろう。イメージのダウンは計り知れない。それゆえに病院に限らず、企業はそのリスクを意識して、情報漏洩の対策に金も人も使う。
その時に、悪意はまったくなくても、直接に漏洩事故を起こしてしまった本人はどう考えるだろうか。その上司や経営層は、(法律はどうあれ)本人にどう振る舞うだろうか。また経営への打撃が大きく、他の従業員の解雇や、賞与や給与のカットにもなるような深刻さならば、労働関係の法があって懲戒免職はできなくても、居たたまれないと感じるケースも少なくないだろう。
病院だけではなく普通の会社も含め、個人情報の漏えい事故に限らず、悪意はなくても不注意から会社に大きな損害を与えてしまったという人は、それほど少なくないように思う。申し訳ないと思い、退職していくというケースも少なくはないだろう。
それでも死ぬな
もし、今、これを読んでいる人が、そんな大きな失敗をして、会社に多大な迷惑や損害を与え、同僚や職場の人の生活にも影響を与えるようなことになって、途方に暮れているとしても、それでも死んじゃだめだと言いたい。退職はやむを得ないこともあるだろう。場合によっては、引っ越しもしなければいけないかもしれない。でも、それでも死ぬことを選ぶなと言いたい。死んで償うなどは全く無意味だ。普通のマットウな人に対しては、償いにならない。「あいつが死んでざまあみろ、当然だ、せいせいした」と考える奴は異常だし普通はいないと思うし、そんな奴のために死ぬな。
償うことのできない失敗や、お詫びのしようがない失敗をしながら、それでも生きている人はたくさんいると思う。管理人自身も、若気の至りで、どうにも詫びることのできない、どうにも償いようのない失敗をしている。恥をさらして生きている。
直接の償いもできないし、お詫びすることもできないが、それでも、自分が生き続けていることが、わずかでも幸せにつながる人がいるかもしれない。
ハローワークで転職を探しても、生活は前よりも苦しいことになるかもしれない。それでも、生き続けることは文句なしに大事なことだ。
死なせるほど責めるな
もし、今、これを読んでいる人の中で、同僚や部下に、そんな大失敗をやらかして、ものすごく迷惑をして、場合によっては、それが遠因になって、給与が減ったり、会社全体でリストラがはじまって巻き込まれ、ハローワークを利用しようとしているとしたら。
不注意での失敗をした人を怒るとしても、通常の神経の持ち主であれば、その死を願うことはないだろうと思う。加えて憎しみや苛立ちは忘れたほうがいい。多くの場合、不注意をおこさせた組織にも問題があって、たまたまその本人が起こした失敗でも、その人物にそういう仕事をさせたことも含め、組織にも問題がある。また体調が悪かったり、プライベートで心労などが重なっていたらば、自分でも起こした可能性があると考えて、恨みや憎しみは忘れておいたほうがいい。誰かのセイで、今の自分が不幸である、困っているなどと考え出すと、どんどん自分が卑しい人間になっていくように思う。ただでさえ、ハローワークや雇用保険、失業給付の利用中の期間は、人間が卑しくなるような人生の罠、誘惑が一杯だ。ああもうどうでもいいやとか思いがちだ。気持ちをしっかり維持するのには、努力が必要だと思う。