ハローワークまっぷ

ハローワーク横須賀

分類 公共職業安定所
電話番号/FAX

電話 046-824-8609(代表)

FAX 046-827-1325

住所

〒238-0013

神奈川県横須賀市平成町2-14-19

開庁(営業 利用可能時間) 原則として 全国のハローワークの開庁(営業・利用)時間は共通で、平日の朝8時30分から夕方17時15分。年末年始は休業です。しかし求人情報検索や紹介、相談の業務だけは、開庁時間延長制度があり、当施設はその対象になっています。詳細は問い合わせ願います。
管轄地 横須賀市(横浜南公共職業安定所の管轄区域を除く。)、三浦市
アクセス、行き方 京急本線 県立大学駅より 徒歩12分
横須賀商工会議所を目指す、平成町2丁目交差点左折
特記事項 安定就職コーナーの窓口・受付が設置されています。
ハローワーク 求人・求職・失業・訓練 ワンポイントアドバイス1 ハローワークは求人情報などを提供し、就職を支援します。無事就職したあとのトラブル(給与、各種ハラスメント)などは、直接ハローワークが担当しませんが、労働局に訴えることができます。
ハローワーク 求人・求職・失業・訓練 ワンポイントアドバイス2 わずかな金額のアルバイトを申告せずに、不正受給扱いされて、ハローワークの雇用保険の失業給付を打ち切られるリスクを犯すくらいなら、申告したほうがいいでしょう。

近くの施設

口コミ・評判

  • 傷病手当受給中の出来事 (ハローワーク横須賀)

    傷病手当受給中にハローワーク横須賀にお世話になりました。気になる仕事が見つかると、相談員の方に応募状況や就労状況の詳細な点を調べて頂いたりしました。体の調子は悪かったものの、精神的に参っていなかったので、いつでも就労できると思っていましたが、そんなある日のことです。相談員の方はこう言いました。「具合が悪い人に限って焦って復職しようとする。先生が病気を証明しているのだから、今はしっかり休んだ方がいい」。ハローワークは仕事を紹介する機関で、いたって事務的という印象を持っていたのですが、利用する側の健康状態を配慮する言葉を聞き、ハッとさせられました。実際、仕事を長期で休んだことがなかった為、どこか焦っていたのかもしれません。仕事を紹介するだけでなく、休むことも話してくれた相談員の方のおかげで物事を客観的に考えるよう助けられました。
    osewaninarimasita (40代女性)2010年8月
  • 仕事探しはハローワークだけではない (ハローワーク横須賀)

    あるひふりかかった家族の入院で私は介護離職しました。その日から病院のつきそいをしながらやめて三か月後くらいから仕事を探し始めました。時間があるときは毎日ハローワークへかよい自分にあった案件には履歴書を郵送しました。約1年半履歴書をだしました。毎日かよいだすと対応いただく担当の方もいつも同じ方になってきました。出す仕事内容を見ていただいて履歴書をだすと1度面接にきてくださいと言われでかけてきました。面接に行き椅子にすわったら担当者の方から本当は女性を希望していたんだよねといわれました。だったら最初にハローワークで打ち合わせしているときにそのことをいってくれればいかなかったのにと思うことがありました。結局他人事だなと
    ひろゆき (40代男性) 2015年9月から2017年3月まで
  • 10年も前から募集している会社求人 (ハローワーク横須賀)

    専門学校中退後、父に連れられハローワークに行くことになりました。事務職を探している私でありましたが、スキルも何も無い自分を雇ってくれる企業など無く、職業訓練校を進められそこでワードとエクセルの資格を取得する事ができました。実習に行かなくては行けないので近場のハローワーク横須賀から求人を出している未経験歓迎のプログラマーの会社に実習を希望しました。市内の小さな雑居ビルにありお世辞でも綺麗とは言えない建物の中に入り面接を行いました。パソコンの質問に対して私がスムーズに答えられないと「分からないじゃないよ?今、パソコン使わない会社なんかないよ?」急に激怒をされました。面接で怒られた経験など無く、気の弱い私は驚きました。「いくら未経験と求人は出してあるけど知っていると知っていないでは大違いだからね?」当然の事でしたが、私は何も言い返せずに唇を噛み締める事しかできませんでした。「うちで実習したいならパソコン一台貸すからプログラムの勉強でもしとけば?それでも良いんでしょ?」っと強い口調で再度言われました。自分は「こんなとこで・こんな人と・こんな会社で実習なんかしたくない」っと思いビルの一階の灰皿で貰った名刺にタバコを押し付け灰皿に投げ捨て訓練校に戻りました。結局、その実習先を辞退し他の会社で実習を行い就職しました。2年後、転職をする為はローワークに行くとそこの会社は未だに求人を募集していました。そして、数年後にも未だに募集していて求人として残っています。今度は実務経験者募集と書かれるようになりました。あの面接の時に「もう何の経験無しにプログラマーになれる時代は終わったよ」そう言われたのは今でもはっきりと覚えています。こっちから言わせれば「じゃあ、未経験で募集すんなよ」って思いました。そして、私は平成29年求職中でありますが未だにその会社は求人を出しています。その会社だけではなく、自分が過去に働いていた会社や応募に迷った複数の会社も未だに求人を出している会社は少なくありません。そういう事を転職をするたびにハローワークに通えば通うほど分かってきてしまう為、現在もブラック企業に当たらないよう転職活動をしています。
    エル=ローライト (30代男性)
    始めて利用したのは11年前でしたが、転職のたびにハローワークを利用して仕事を探しています。平成29年現在もハローワークを利用して求職活動をおこなっています。
  • 半年も働けずにナミダを飲んだ女性 (ハローワーク横須賀)

    仕事が辞めたくて仕方が無い時、ハローワークに行けばどれだけ自分が今いる現状が守られているのかと言うのは皆さんも体験した事があるとは思います。そんな気持ちでハローワークに行き私は仕事を探しました。自分は接客業をしてから介護職に就きましたがやはり向いていないと思いきった転職でした。接客業をしていた時の方が自分はまだ生き生きしていた。高齢者が亡くなられたりするのがもう耐えられなかった。だから、接客業に戻ろうと考えました。しかし、普通の接客業だけではなく何か手に職を持つような仕事がしたい。元々、手先を使った細かい作業などが好きであった私はメガネ屋に就職をしたいと決意しました。「給料は20万かぁ~悪くない!」ハローワークで紹介状を貰い履歴書も何枚も書き直し願いを込めて応募しました。しかし、2週間経っても何の音沙汰もありませんでした。ハローワークの求人に書いてあった電話番号に強気で電話をしました。「そちらに求人出したんですけど、何の結果も来てないんですがどうなってます?」採用担当者は重い口を開きました。「あの~こちらの書類なんですが電話番号の記載が無かったんですよ。ですんで書類不備と言う事で不採用とさせて頂きます」履歴書を返済されたら確かに電話番号の記載が無かった。この文を読んで下さった皆様もご注意下さい。第一希望の会社を書類選考で落ちてしまった自分が情けなく思えました。第二希望の会社は市内でも都心にあるお店を希望し、面接に行ったら何とか採用してもらえました。9月に入社し、お店に配属されました。メガネ屋の印象と言うのは暇そうにメガネを拭いて客を待っているっと言うのが強い印象でしたがお客さんの多い時と少ない時のムラがものすごかったのが今でも覚えています。以外にもやる事は多く住宅街にチラシを配りに行ったり、リニューアルオープン店のヘルプで着ぐるみに入り子供に蹴っ飛ばされたり、店の前で大声で客寄せをしたりなど新人であった私はお店で働く以外の事を多くやっていました。でも、自分にとってはお店に居たくないと言う気持ちが強かった為、ありがたい事でした。なぜなら、自分の働いていたお店の店舗には40台の新人イビリの女性が居て何しろ性質が悪かった。こっちが接客に着くと横取りをしたり、曖昧な仕事の教え方をしといて分からないと「この前、教えたでしょ?」などと色々な事で怒られた。

    しかし、同僚の人達は覚えの悪い自分にも一生懸命仕事を教えてくれた。それが何よりも支えであった。後で知った事であるが自分の店舗名を言うとその女性の名前を出される事が多かった。「あいつにイジメられたでしょ?」「新人の男には厳しいんだよな」その女性は40代であったが、若い男の子が嫌いでイジメるらしいとの事であった。3ヵ月後に転勤の話が始まり、隣の市に転勤する事となった。接客もまともにできない自分であったが採用された以上はかなり必死でやっていた。そんなある日、その店舗の店長からこんな一言を言われた。「今日、残業できる?1時間ぐらい残って欲しいんだけど」滅多に無い事であった。会社の業績に関わる事であるとの話であり、店内にある放送で全国の店舗に流れる物であった。遠回しに聞いていたが、ここのお店は業界上位の会社ではあったが、現在は何半期か連続赤字であると言う話を噂で聞いていた。そして、その店内放送で人件費削減の話を言い渡された。私は入社して半年と短く1年間の売り上げの実績によって残れるか・残れないかが決まると言う仕組みで通すとの事であった。当然、新人とパート労働者で勤務の短い人がターゲットにされている事に間違いは無かった。


    半年も働けずにナミダを飲んだ女性3 (ハローワーク横須賀)
    自分はイメージと違った労働であった為、この場で辞退する事を決意した。同じ時期に入った二つ年下のAさんは「私は続けます!この仕事がやりたくて入ったので」彼女は自分の祖母が光を失った為、その悩みを解決させたいとの一心からこの職業に就いたとの事であった。一通の封筒を渡され、独自の判断との事であった。続ければ勤務を継続できる。続けなければ退職金一人当たり10万円前後+自主退社ではない為、失業保険が早く貰えるとの話であった。そんなある日、地域のリーダーが自分の店舗にやってきた。どうやら、Aさんにお話があるとの事であった。会社の休憩室に居座り彼女と話し始めた。彼女は大粒の涙を流しながらすごい勢いで帰って行ったのを未だに覚えている。彼女は続けると希望をしたにも関わらず、会社側から辞めて欲しいとの希望であったらしい。これはもはや選択の意味が無いのでは?っと思った。しまいには、店長とサブリーダー(副店長)が自らが退社を希望すると自己退社になると言う汚らしいやり方であった。何とかして彼女を守ってあげたいと思い私は残しておいた求人票を確認する事にした。「あの子は確か~入社日からすると半年も経ってないはずって事はもしかして?」

    エル=ローライト (20代男性) 2011年9月